5月には、G7サミットが開催される広島。農産物と海産物、そのどちらにも恵まれた環境が醸成した食文化は、全世界から注目を集めることとなる。
そうした中、3月28日に広島市南区の進徳女子高等学校で、広島をはじめとする中国地方の和食料理人を対象とした、第8回ひろしま和食料理人コンクールが開催された。
若き料理人たちの登竜門とも言えるこのコンクールは、料理人としての腕を確かめる手段として、また技術と経験を積むための手段として機能している。
コンクールでもっとも優秀な成績を収めた選手には、国内外で料理修業する際の費用について県から支援を受けることができる。
今回のコンクールにも、その名誉とチャンスを掴むべく、書類・面接審査を突破した7名の選手がエントリーした。
≪出場選手≫
1 広島なだ万 大草 茂
2 かき船かなわ 大宮 剛一
3 半べえ 村上 夏輝
4 半月庵 村田 憲洋
5 アイ・ケイ・ケイ株式会社 下河内 陽正
6 かなわ 中島 洋介
7 広島ガーデンパレス 渡辺 歩
過去にも出場したことがある選手もおり、優勝にかける並々ならぬ熱意を感じた。
そんな彼らを審査するのは、長きに渡り和食の普及と発展に寄与していた審査員たち。
≪審査員≫
1 一般社団法人全国日本調理技能士会連合会理事長 木浦 信敏
2 日本料理喜多岡 北岡 三千男
3 料理評論家 山本 益博
4 半べえ 川村 満
5 かなわ 戸田 豊
6 稲茶 下原 一晃
審査前、審査員からは「限られた時間の中で、いかに五感に訴える料理が作れるかを選手たちには見せてもらいたい」「今日までにたくさんの準備をしてきたと思う。そのすべてをぶつける気持ちで料理に臨んでほしい」という激励が寄せられた。選手と同様、審査員もまた、このコンクールを開催する意義について、熱い思いを持っているように感じた。
選手は、課題食材の真鯛と小松菜、青ネギを使い、先付3種、椀物、揚げ物の3品を、それぞれ60分以内に完成させる。審査員はそれらを、調理中の手際や盛り付け、味などを審査し、採点する。
開始時刻となり、それぞれが一斉に調理に取り掛かる。調理台の周りを、選手を取り囲むように審査員が立ち、見守る。一挙手一投足に向けられる目が、選手たちの緊張感を加速させる。その緊張感は、日ごろの研鑽が正しかったと確信させるのか、それとも不安を煽るのか。選手たちはただ黙々と、目の前の調理に挑むしかない。
審査員の1人は、「今年はかなりハイレベルな戦いになりそうだ。それぞれのお店の個性が、彼らの培ってきた技術を彩っているように感じる」と期待する。
課題の3品がすべて提出し終わるまで、選手たちの集中が途切れることはない。調理開始から約4時間後、すべての調理を終え、ようやくホッとした表情を浮かべていた。
こうして、すべての料理が出揃った。
≪料理≫
1 大草 茂 (広島なだ万)
・先付三種盛り・・・桜鯛レモン〆 青葱 チーズ酢味噌掛け/小松菜手まり寿司 渡り蟹 塩昆布和え/ささゆりポーク アスパラ巻き
・椀物桜鯛潮汁・・・小松菜摺り流し仕立て 真鯛丈 春野菜を添えて
・揚げ物・・・桜鯛 ゆかり揚げ 東寺揚げ 籠盛り
2 大宮 剛一(かき船かなわ)
・先付三種盛り・・・蒸しカキと生ハム レモンジュレ/広島サーモンのオレンジ酢締め 小松菜 瀬戸内ネーブル/東条合鴨の白葱射込焼 三次の赤ワインソース
・椀物・・・大野浦産浅蜊の道明寺椀 薄葛仕立 花びら人参 大根 針うど 木の芽
・揚げ物・・・真鯛の東寺揚げ 青ネギ 紅生姜 パプリカ こしあぶら
3 村上 夏輝(半べえ)
・先付三種盛り・・・桜鯛昆布〆 分葱巻き 八朔クリームチーズ/選海老と菜の花白和え/広島赤鶏ふき味噌田楽
・椀物・・・桜鯛葛打ち 潮汁 黄身葛茶巾 小松菜湯葉巻き 白葱と青葱針打ち 木の芽
・揚げ物・・・車海老真如桜葉揚げ 白魚二味 たらの芽 こごみ 巻くず
4 村田 憲洋(半月庵)
・先付三種盛り・・・小松菜 酒粕和え/浅利ヌタ/鯛若草焼
・椀物・・・牡蛎蓮根蒸し
・揚げ物・・・穴子のアスパラ八幡巻 鯛のフィーロ揚 蛇籠蓮根
5 下河内 陽生(アイ・ケイ・ケイ株式会社)
・先付三種盛り・・・鯵と青ねぎの磯部巻き/鰆の幽庵千草焼き/ふきとほうれん草のおひたし
・椀物・・・小松菜の真丈
・揚げ物・・・真鯛の大場揚げ 海老と空豆のあられ揚げ
6 中島 洋介(かなわ)
・先付三種盛り・・・竹ノ子土佐粉/鯛の昆布〆菜ノ花巻き/サムライねぎとホタルイカの酢みそ
・椀物・・・鯛のうしお汁
・揚げ物・・・かきと椎茸の二身揚げ
7 渡辺 歩(広島ガーデンパレス)
・先付三種盛り・・・車海老 小松菜胡麻和え/蛸旨煮 菜ノ花/鯛レモン昆布〆 酢味噌
・椀物・・・鯛の玉子豆腐と新筍の吸物
・揚げ物・・・鯛とアスパラの磯部揚げ
審査は盛り付け、実食へと移る。提出された料理をじっくりと吟味する。その姿勢は、選手たちが料理で表現したかったものを、料理人の先輩として汲み取ってあげたいという、優しさのような気がした。誰かが、「うまくやったなぁ」とポツリと呟く。若い料理人の成長を、みんなが喜ぶような朗らかな雰囲気に包まれていた。
すべての審査を終えて、審査員3名からの講評は次のとおり。
- 木浦信敏氏
「普段は前日から準備することも、今日は時間内にやり切らなければならないという大変さもあったと思う。だからこそ、魚の臭みなど、細部に差が出たように感じる。広島はG7サミットで、より注目される。和食の発展のため、皆さんには日本料理人として今後も頑張っていただきたい」
- 山本益博氏
「きちんと出汁をひけている選手が少なかった。『椀刺が華』と呼ばれるほど、和食では椀物が要。普段からもっと出汁をとる練習を重ねてほしい。また、若い料理人さんには、もっとたくさんの料理を知ってもらいたい。知って、学んで、それを料理で表現してみてほしい」
- 川村満氏
「回を重ねるたびに、参加者のレベルが上がっているように思う。皆さんに伝えたいのは、和食は引き算だということ。飾り付けで誤魔化すような、小手先の技術ではなく、食べる方に心から幸福を感じさせるような、プロの料理人を目指してほしい」
そして、結果が告げられた。
≪順位≫
受賞した3名のコメントは次のとおり。
- 優勝 渡辺歩
「3回目の挑戦で、ようやく1位になれた。嬉しい気持ちとホッとした気持ちが半分半分。このコンクールで1から自分で料理を作り、その食材や調理に対して責任を持つことの大切さを学び直せた気がする。これからも自分の納得できる料理を目指して頑張りたい」
- 大草茂
「1位になれなかった事実を噛みしめながら、その悔しさとともに自分の料理をもう一度見つめ直したい。今の自分に足りないものが、『引き算』という言葉で、より明確に理解できたように思う。出場するたびに気付きを得られて、今日もこのコンクールのありがたさを改めて感じる1日だった」
- 大宮剛一氏
「3回目の挑戦で、やっと結果を残すことができた。勤めているお店や先輩の皆さんに改めて感謝して、恵まれた環境にいることに自覚を持ち、広島の食の発展のためにも日々の研鑽を重ね、次こそは1位を取れるように頑張りたい」
表彰式の後には、審査員との懇親の場が設けられた。審査のお礼やアドバイスを求める選手がいる中、惜しくも入賞を逃した選手が入賞者の料理を食い入るように見つめる姿も。悔しさを滲ませながらも、貪欲に技術を吸収しようとする姿に胸を打たれた。次は1位をとってやる。その背中が、彼の決意を語っていた。
優勝した渡辺選手に聞いた。料理人を志したきっかけは何だったのか。そのエピソードがとても印象的だったので、最後にそれを紹介したい。
「小学校2、3年の頃、家に遊びに来た友達に料理を振る舞ったことがあった。料理としっても、ベーコンにチーズを乗せて焼いただけの簡単なものだったけれど、友達は『おいしい、おいしい』と言っておかわりをしてくれた。それが忘れられなくて、そのまま料理人の道を志した」
始まりは、小さな成功体験かもしれない。そんな彼が掴み取った、コンクールでの優勝。これは、すべての料理人を志す人に向けた、エールになるのではないだろうか。コンクールに参加した選手の1人1人に、そういったバックボーンがあるだろう。そんな彼らの夢が花開く日を、強く強く願っている。
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