真っ白なコックコートを纏った選手が行き交い、どことなく張り詰めた空気が漂う調理室。山陽女子短期大学を舞台に、例年行われている「ひろしまシェフ・コンクール」の第8回目が今年も開催された。
「広島の食の魅力向上とブランド力の強化」をコンセプトに、耕畜・海産共に豊富な食材が揃う広島県の魅力を向上させ、食を担う料理人たちを育成していくことを目的としている。
同コンクールの最大のポイントは、優勝を収めた選手は国内外の料理店で修業するための支援が受けられる点だ。修行に必要な費用を無利子で貸し付けてもらうことができ、修業終了後に県内の料理店で一定期間就業または開業した場合、返済が免除される。
特に洋食シェフが参加するこちらのコンクールでは、「フランスの星付きレストランで働きたい」「有名シェフのもとで学びたい」と、修業目的の参加が後を絶たない。
今回もまた、高い志を持つ9名の若き料理人たちが、熱い思いを胸に会場へと足を運んだ。
<出場選手>
1 瀬戸内海クルーズ株式会社 小椋 一機(おぐら いおり)
2 リーガロイヤルホテル広島 小谷 雅幸(こたに まさゆき)
3 デリカテッセンby福山ニューキャッスルホテル 甲斐 章瑚(かい しょうご)
4 リーガロイヤルホテル広島 迫谷 心 (さこたに しん)
5 リーガロイヤルホテル広島 滝本 夏菜(たきもと かな)
6 フォンダ・サン・ジョルディ 溜谷 明革(たまだに めいかく)
7 ANAクラウンプラザホテル広島 濵田 将太(はまだ しょうた)
8 オリエンタルホテル広島 檜垣 貴宏(ひがき たかひろ)
9 アーククラブ迎賓館福山 松川 浩英(まつかわ ひろひで)
特筆すべきは、昨年のコンクールで2位と3位を受賞した選手が両者とも出場していること。(過去に同コンクールで優勝を収めた者以外は参加が可能)これを受けた審査員たちからは、「リベンジしたいという心意気がまずは素晴らしい。できることならば、誰か一人が圧勝するのではなく、甲乙つけがたいと悩むほどの料理が並ぶことを期待している」という声が寄せられた。
審査員は、日本を代表するトップシェフ、日仏の文化振興に長く貢献してきた第一人者、美食を知り尽くした料理評論家と、全国コンクールさながらの面々。
日本ホテル総括名誉総料理長 レストラン タテルヨシノ 料理評論家
中村 勝宏 吉野 建 山本益博
オフィスオオサワ ル・トリスケル 広島県飲食業生活衛生同業組合もみじ支部部長
大沢 晴美 勇崎 元浩 山口 数広
(面接審査員)
ラ・セッテ 北村 英紀 ル・ミロワール 中山 孝雄
さらに今年は在京都フランス総領事のジュール・イルマン氏と「月刊専門料理」の編集長・淀野晃一氏を特別ゲストとして迎え、会場はいっそうの華やかさを増した。
今年の課題食材は、広島レモンと豚ロース。前菜かメインの少なくとも1品に前者を、メインに後者を使うことが定められている。持ち時間は約180分で、前菜、メインの順で提出となる。料理の味、美しさはもちろんのこと、調理技術や段取り、食材ロスに注力しているかも大事な審査ポイントだ。
開催に先立ち、湯崎英彦知事からビデオメッセージが到着。「平素は広島の食の魅力向上に貢献いただき、関係者の皆様には大変感謝している。このコンクールは次世代を担う若手料理人の発掘を目的に開催、過去には優秀なシェフを多数輩出。先輩たちは日本最大級のコンペティションで優勝を収めたり、独立開業したりと、国内外でさまざまに活躍している。どうか皆さんも、普段の練習の成果を存分に発揮し、納得の味が作れるよう祈念している」と挨拶をいただいた。
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会場の熱が高まってきたところで、「始めてください」の掛け声と同時に調理がスタート。選手全員が時計をにらみつつ、目の前の食材と格闘を始める。
誰かが口を開くこともなく、選手たちはひたすらに調理台を、審査員は選手たちを見つめる緊迫した時間。調理室にはリズミカルな包丁の音や、器具と器具が触れ合う音のみが響き渡る。針を刻む時計の速度が、容赦ないプレッシャーを選手たちに与える。
審査員たちからは、「何度か出場している選手は、目つきも顔つきも違う。場慣れしていることが有利に働くと思うので作品が楽しみ」という声や、「年々作業がきれいになっている気がする。特にこの数年はコロナ禍で衛生観念がさらに徹底されたように思う。いつもやっていることを、緊張することなく出し切ってほしい」という応援の声があがった。
長いようにも短いようにも感じた調理時間がほどなく終了。会場にはきらびやかな皿が一斉に出そろった。
1 小椋 一機
前菜:蕪のムース 鯛のタルタル ちりめんチュイル添え
メイン:豚のコンフィ ソースロベール
2 小谷 雅幸
前菜:鯛と穴子のテリーヌ バニラ香るレモンクリームとルッコラソース
メイン:カブと豚ロースのプレッセ マデラソース
3 甲斐 章瑚
前菜:真鯛のムースとズッキーニ ソースコキヤージュ
メイン:豚のロースト キノコのボルドー風 ソースマデール
4 迫谷 心
前菜:瀬戸内の穴子とポロネギのプッセレモンの香り スパイス風味のメバルのタルタル 彩りサラダを添えて みかんのマヨネーズ
メイン:豚ロースのロティ きのこの香り ポルト酒と緑胡椒のソース
5 滝本 夏菜
前菜:穴子・カキ・真ダイの王冠仕立て 赤パプリカソース~瀬戸内海をイメージして~
メイン:豚ロース肉の炙り焼き 広島県産レモン風味のガストリックソース
6 溜谷 明革
前菜:トマトとパプリカの冷製スープとクリームチーズ タコの炙りを添えて
メイン:豚ロースのコンフィ(低温調理)アンダルシア風 カタルーニャ風マッシュポテトを添えて
7 濱田 将太
前菜:牡蠣のテリーヌ レモン風味のソースムースリーヌ
メイン:柔らかく火入れした豚肉のルーラード フルーツの入ったマデラソース
8 檜垣 貴宏
前菜:蛸のミキュイ ガスパチョのゼリー寄せ 野菜のソース
メイン:豚ロースの香草ルーレ 馬鈴薯のクロケット バルサミコソース
9 松川 浩英
前菜:広島レモンを使用した前菜
メイン:豚ロース肉のヴェリエ ソースグランヴヌール
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「これはソースが効いてる。食材をうまく生かせてる」「盛り付けにもうひと工夫してほしい」と、審査員の感想が続々と寄せられた実食審査。
それを見守るように聞いていた星本敏男さん(福山ニューキャッスルホテル)は、かつてこのコンクールで優勝を収めた選手の一人。この日後輩の応援に駆けつけた星本さんは、「自分はこのコンクールでフランスでの修行経験を与えてもらい、人生が変わった。どうか皆頑張ってほしい」と語ってくれた。
実食審査を終えた後は、プレゼン審査へ。料理のこだわり、コンクール参加への思い、今後のビジョンなどを、2分の持ち時間で披露する。
そうそうたる面々の前でプレゼンを行うのは経験を積んだ大人でも緊張を強いられるものだが、事前に十分練習を行ってきたのか、料理のコンセプトや工夫した点をしっかりと話す頼もしい姿が見受けられた。中にはプレゼン時間をオーバーするも、「最後にこれだけは言わせてください」と、どうしても伝えたかった点を語る選手も存在し、その熱心な姿に思わず場の空気が和んだ。
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すべての審査が終了し最後は表彰式へ。今回は審査員の講評に加え、ゲストからのメッセージもいただいたので紹介したい。まずは講評から。
「今回の課題は広島レモンと豚ロースというシンプルなテーマ。そのぶん、食材をはっきり生かしてほしかった。レモンであればもう少し大胆に酸味を効かすなどメリハリが必須。また、メイン料理に関してはポーションが小さいものも多く、前菜かメインかわからないようなまとめ方をしている皿も多かった。普段から、素材が持つ使命やテロワール(土地の個性)を考えてほしいと思う」(中村)
「そこそこバランスの良い皿もあったが、ソースの使い方には勉強が必要。先輩たちに聞いて覚えるしかないが、付加価値が付くような使い方をしてほしいと思う。また、皿の大きさを考えるのもとても重要で、皿に対して料理が大きすぎたり小さすぎたりするものがあった。食器を選ぶところからイマジネーションを膨らませてほしい」(吉野)
「私は食べるプロとして、この食材は本当に必要なのか?を考えてほしいと感じた。味のバランスを取るためのトマトは必要だが、彩りのためだけに添えるトマトは本当に必要なのか?むしろないほうが他の素材が引き立つのではないか?食材を大切に使うことはSDGsに寄与するが、使わないという選択も同じこと。使わずにすむものは使わないという決断も必要だと思う」(山本)
「過去の大会で優勝した選手たちの修行先を手配したりと、このコンクールに長く関わってきた。今回は参加選手たちが闘う姿を直に見ることができ感無量。普段の仕事では調理の一部しか任せてもらえないかもしれないが、コンクールは食材選びから仕上げまですべて自分でできる貴重な場。これはきっと、素晴らしい経験になるはず」(大沢)
日仏の交流を担うジュール・イルマン氏と専門雑誌の現場で数多の料理人を見てきた淀野晃一氏のコメントは以下の通り。「フランス料理と日本料理にはいくつかの共通点がある。そのひとつが、同じ皿は二度と食べることができないと思うくらいダイバーシティ(多様性)に富んでいること。そのような料理を味わえる国は珍しいし、それらはすべて料理人が持つパッションのお陰。優勝者が学び舎として使うことも多いパリのフェランディ校は、フランスでも有数の料理学校。どうかこのような素晴らしい環境で自分のフレンチを見つけ、広島の食材を使った料理を世界に発信し、日仏の架け橋となってくれることを願う」(ジュール・イルマン)
「町おこしレベルの料理人コンクールは時々見かけるが、これだけの規模を県をあげて行っているのはとても珍しい。若手の料理人たちにとっては願ってもないチャンスだと思う。また、昨今は新型コロナウイルスの影響で食材の産地を巡ることができなくなったという話も耳にする。この大会は県内外から選手の参加が認められていて、広島食材を深く知る役割も果たしている。学びの場としても非常に重要だと感じる」(淀野)
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業界を背負って立つプロフェッショナルたちからの言葉を真摯に受け止め、いよいよ結果発表。受賞者たちの名前が読み上げられ、各々の感想が述べられた。
優勝 滝本夏菜(リーガロイヤルホテル広島)
「シェフコンクール4度目の挑戦での優勝。今まで毎回悔しい思いをしてきて、今度こそ絶対に優勝してフランスに行くんだと、強い気持ちで臨んだ。過去にも随分練習を重ねたが、今回は今までで一番たくさん練習した。いつもそばで見守ってくれ、指導してくれた上司に心からの感謝を伝えたい」
2位 甲斐章瑚(デリカテッセンby福山ニューキャッスルホテル)
「まさかの受賞で、とても嬉しい。名だたる審査員の皆さんから料理に対する貴重なコメントもいただき、大変勉強になった。今後はそれらのアドバイスを自分の料理にどう落とし込んでいくか。その点に力を注いで精進していきたい」
3位 迫谷心(リーガロイヤルホテル広島)
「まさか入賞できるなんてと驚いた。コロナ禍でなかなか思うように料理ができない中、焦る気持ちもあり、少しでも自身が成長できればと今回のコンクールに参加した。結果が付いてきてすごく嬉しい。普段は肉やソースをまだ扱えないので、今回自分で作ることができて自信にもつながった」
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輝くような笑顔を浮かべる受賞者たち。とりわけ、名前が呼ばれた瞬間に溢れる涙をこらえきれなかった滝本さんの姿には、会場にいる誰もが心を掴まれた。
その後の懇親会で滝本さんに今後の夢をたずねると、「まずはフランスに行くこと。いつかは料理人もお客様も一緒になって楽しめるような店を持ちたい。フランスに行けたら、調理の技術はもちろん、本場ならではの一流のサービスも学びたい」と、弾んだ声で話してくれた。
ほかにも紹介しきれないほど、数々のストーリーが散りばめられていた今回のコンクール。
普段は結婚式場でハレの日に彩りを添える料理を提供しているという選手、東京で働くもいつかは故郷の広島で店を持ちたいと考えさまざまなコンクールに出場しているという選手… また、前回は受賞者として栄冠を手にするも、今回は入賞を果たせず「ただただ悔しい」と、言葉少なに語ってくれた選手もいた。
いずれの選手も、このコンクールが血肉となり、飛躍のきっかけになることを心から願いたい。そしてまた来年、この場で若い料理人たちの熱い闘いが繰り広げられることを楽しみにしている。
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