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【連載】「広島食の歴史」VOL.1 きっかけ

[投稿日]2021年03月26日

岐阜大学 加藤 厚海(かとう あつみ)教授に,広島の料理人の方々へのヒアリングなどを通じて,広島の食の歴史や文化についての調査を行っていただきました。
その調査の報告を
,今後,連載させていただきます。

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広島の食に係る調査の始まりのきっかけ         岐阜大学 加藤厚海

広島県から食に関するプロジェクトの依頼を受けたのは、2020年5月頃のことである。
このようなご縁を頂いたのは、偶然の産物である。

私は、2007年10月から2020年3月まで、12年間に渡って、広島大学大学院社会科学研究科マネジメント専攻に所属しており、研究・教育活動に関わっていた(2020年4月に岐阜大学・新学部設置準備室に赴任し、2021年4月から社会システム経営学環という新しい組織に所属することになっている)。私の専門分野は経営学であり、大学院では社会人および留学生に対して、経営管理論、中小企業・起業論といった分野の教育を行っていた。そして、大学院生の修士論文・博士論文の指導に携わっていた。学部では、経済学部・夜間主の学生に対して、経営学の教育を行ってきた。

また、広島大学では教育活動だけではく、国内外の企業調査(地場産業、自動車産業など)を多数行ってきた。私の研究手法は、現場でのインタビュー調査を通してデータを収集し、学術論文を書くことが中心である。したがって、大学の研究室に篭って、統計分析をするような研究スタイルとは大きく異なっている。現場に出向き、現場の生の声を聞くことを重視してきた。

一見すると、経営学という専門分野と、広島県の食文化という分野では、全く異なるものであると思われる。そこで、なぜ、このようなプロジェクトに関わるようになったのかについて、ここで少し説明させて頂きたい。

私は職場ではなく、日々の広島での生活にすっかり馴染んでいた。家では広島弁で喋り、様々な魚を買って、料理をつくっていた。また、いろいろなお店で食事することも多かった。
広島市内は飲食店が充実しており、平均的な食の水準は高い。手頃な値段でも、美味しいものが溢れている。永く住んでいた、関西圏と比べると驚くような水準であった。私は、広島での食生活を満喫していたという事実があり、そのことがこのプロジェクトとの関わりにおける、重要な背景である。

ところで、私の好きな言葉に、「人間万事塞翁が馬」という言葉がある。人生とは何が幸いするか、わからない。私は、いくつかの転機に見舞われていた。

1つには、私は実家の事情もあり、実家から通える大学に移らなければならなくなった。
新しい場所では、1からやり直さねばならないことも多く、慣れるまでに時間がかかる。長く勤めた職場の方がやりやすい。また、広島大学は中四国の中核大学であり、研究体制などを考えると地方国立大学の中では恵まれている。地方国立大学の多くは先細りとなりつつあり、中核大学でないと研究活動を継続していく上では、不利となる可能性も高い。加えて、広島市内では、車で10分の通勤に慣れていたが、新天地では岐阜大学と自宅とは、2時間かかる。良い条件ばかりが揃っているとはいえない。

しかし、新天地では、実家の両親の強力な支援もあり、日々、時間に追われるというストレスから解放された。時間と気持ちの面で、余裕ができたのである。広島にいる時は、じっくりと物事を考える時間がなかったが、職場を変えることで、環境が劇的に変わったといえる。2時間の通勤時間は、音楽を聴きながら、いろいろなことを振り返ることができる。研究の新しいアイディアが生まれてきたり、じっくり考えることで、いろいろなことのつながりがわかってきたりしたのである。

広島では通勤時間は、非常に楽であった。しかし、広島大学にいる時は、管理職として大学内の事務仕事が多く、研究教育以外の仕事に追われていた。また、日々の家事・育児に追われていたこともあり、とても研究の時間は確保できる状況ではなかった。広島に住んでいたが、じっくりと物事に取り組むことが難しかったのが実情であったと思う。

新天地での生活は、メリットも多い。具体的には、家事・育児の負担が著しく減少した。妻だけではなく、両親の支援があることで、買物、料理、掃除といった日々の業務から解放された。
共働きの時代になる中で、男性の負荷は大きくなりつつある。働き子育てをする女性に対する支援の必要性は、社会的にも認知されてきた。しかし、子育て・家事に従事することになる男性に対する理解、支援の必要性はまだまだ認知されていない。共働きとなると、平日だけではなく、週末も休みなく、時間に追われるのが実情である。

もう1つは、コロナウイルスの蔓延で、従来の研究が停止してしまった。具体的には、海外での企業調査ができなくなってしまったのである。当初は、タイ、インドネシア、インドにおける自動車メーカー、自動車部品メーカーの調査を行う予定であったが、そのような海外調査ができる状況ではなくなってしまった。また、国内の企業調査もできる状況ではなくなった。完全に研究活動が停止してしまったのである。

今までの研究活動が進まないことが明白であった。ところが、そのことが時間と気持ちの両面で、余裕をもたらした。結果的に、新しい挑戦をすることができるようになった。

このような状況の中で、広島県からお声がけを頂いた次第である。直接的なお声がけは、以前から親しくさせて頂いていた、岩田不動産(一般社団法人広島グローバルビジネスネットワーク・代表理事)の岩田明之さんを経由したものであった。県からのプロジェクトの話を聞いて、「是非、やらせてほしい」とことで、二つ返事で快諾した。元々、料理が得意で、食文化に強い関心をもっていた私にとって、願ってもない話であった。

このようなプロジェクトは、大学の研究者にとって、社会貢献活動の1つである。しかしながら、現在の国立大学では、研究・教育活動以外の活動は評価されにくい傾向にある。広島大学のように国際化に邁進している中で、研究活動の業績評価がより一層重視される傾向にある。研究活動への評価が厳しく問われる中で、社会貢献活動に十分な時間と労力を割くことは難しい。本プロジェクトは、広島大学に所属していれば、引き受けることを躊躇するような案件であっただろう。

一方で、新天地である岐阜大学では、学部での教育に力を入れることが求められている。
また、4月から立ち上がる、「社会システム経営学環」では、実践志向の教育を重視している。このような環境の下であれば、本プロジェクトは取り組みやすい。食のブランド化は、食の商品開発だけではなく、魚・農産物の仕入れ、料理人の技、飲食店の経営、漁業関係者・農家などとの関係づくりなどにおいて、深く学ぶことも多いはずである。

また、このプロジェクトは、地方都市の観光活性化に対する知見を与えることもできる。食は観光の目玉の1つであり、宿泊という需要をつくるためには、美味しい食があることが大前提となる。旅には、非日常が求められる。旅では歴史、文化、自然といったものを鑑賞し、楽しむこと以外に、その土地の郷土食を食べることが大きな楽しみである。このプロジェクトには、教育に反映させることができる知見が多数、含まれている。

私個人にも事情があった。40代半ば、人生の折り返し点に立つに至り、新しい方向性を模索する時期に入っていた。1つには、前述したような広島大学が強力に推し進める国際化路線とのミスマッチがあった。国内で研究活動を行ってきた私のような研究者とっては、国際化路線は大きな路線変更を伴うものであり、研究者人生の舵取りを迫られていた。

現在、国立大学では学内業務が非常に多い。多くの教員が研究費の申請や予算請求の申請書類の作成に追われている。教授になるとますます学内業務が増えて、管理職としての業務に時間が割かれてしまう。自由な研究活動ができる期間は限られているのが実情である。

私にとって、残りの研究者人生を10~15年と考えると、絞り込みが必要である。この10年間取り組んできた、ASEANにおける自動車部品の調達網の研究以外に、何をすべきであろうか。もう1つのテーマ探しは模索してきたが、なかなか答えは見つからなかった。

そうした中で、広島県からの依頼は、絶好の機会と思われた。多くの学内業務を抱えながら、国際化の波とプレッシャーの中で、日々、ストレスを感じながらもがき苦しむよりも、プレッシャーの少ない環境下で、伸び伸びとやりたいことを研究した方が良い。自分の能力を最大限に活かせる場所を探した方が賢明である。英語で論文を書くにしても、強いプレッシャーの下で、高い生産性を持続していくような競争は自分には向いていない。

要は潮時であり、潮が満ちる前に港を出港して、新しい開拓地を探す必要があった。私のような鈍な者を磨いても、鋭利な刃物になることは難しい。鈍な人に合った生き方、自分の力を弁えた上で、時を見計い、自分の存在意義がある場を求めることになる。

このような自己の存在意義の発見には、転換点が要る。何らかの転換なくして、自分を見つめ直すことは難しいと思われる。様々な事情であり、偶然が重なりある中で、転換点に立たせてもらうことができたといえる。偶然の産物である。

「研究者は己を知れ」とは、元同僚の言葉である。
「分限」という言葉がある。己の分限を弁えた上で、自分の生き方を模索した方が良い。しかし、己をよく知ることは簡単ではない。人は、自己を発見する、自己を見つめ直すための鏡をもっていないためである。他人との優劣で比べ、己の価値を測る中では、自己の発見にはつながりにくい。私のような研究者は、何らかの自己問答をすることになる。

この点について、食の素材の魅力、料理人やお店の魅力にも、同じ側面があると考えている。自己の存在意義を見つけることは、自己を発見できるかどうかということである。多くの人は、外の世界に比較の軸を求め、世間のつくった価値観に沿って、優れたものには憧れ、劣るものを見下す。

しかしながら、自己のもつ真の魅力に気付いているのだろうか。
この食文化のプロジェクトを通じて、広島の素材のもつ魅力、食に関わる人々の魅力を伝えていきたい。やがては、日本中に、世界にも発信することにもなるかもしれない。
そして、広島県民の方々が広島のもつ魅力を語り、広島に生まれ、広島に生活することに誇りに感じて頂くことができれば、私にとって、それ以上の喜びはないと思う次第である。
(VOL.2へ続く)

 

【加藤 厚海 教授プロフィール】

1974年,三重県生まれ。
神戸大学大学院経営学研究科修了,博士(経営学)。
広島大学大学院社会科学研究科等を経て,現在,岐阜大学教授。
元々料理が得意であったこと,食について様々な思いを持ちながら広島で12年余り過ごし,広島の食について高い関心があったこと等から,2020年に広島県から食に関するプロジェクトの依頼を受けることとなり,「広島の食についての体系化に係るアドバイザー」に就任。県内食関係者(料理人,酒蔵等)に対するヒアリング,広島の食に係る文献の調査及び広島の食の体系化に関する報告書の作成などに携わっている。
組織学会高宮賞,中小企業研究奨励賞及び企業家研究フォーラム賞を受賞。
主な著書に,「需要変動と産業集積の力学-仲間型取引ネットワークの研究-」(白桃書房,単著),「企業家学のすすめ」(有斐閣,共著),「日本のビジネスシステム」(有斐閣,共著)など。

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