呉市内から車を走らせること30分。音戸大橋を渡って倉橋島へ向かいます。
日本の渚百選にも選ばれた桂浜を通り抜けた先にあるのが広島県最南端の蔵 「林酒造」です。
創業は江戸時代の文化3(1806)年。210年余りの歴史を持つ蔵元です。
蔵元の林英紀社長は林酒造の6代目にして、同じ町内にある林医院の院長。3代前から林家は医者兼社長を務めています。
一説によると遣唐使船を建造したともいわれる倉橋町は、古くから造船業で栄えた町。江戸時代のドック跡も残されています。
海の交通の要衝でもあったことから港町として栄え、ほかにも複数の蔵があり、かつては船で灘や伏見に酒を出荷していたといわれます。
現存する倉橋町唯一の蔵元である林酒造の酒銘「三谷春」は、島の花崗岩質の土壌をくぐり、三つの谷から湧き出る水を使って醸造したことに由来します。命名したのは、江戸時代後期の儒学者、坂井虎山(さかい こざん)。ラベルの文字は、広島藩とゆかりのある江戸後期の儒学者 頼聿庵(らい いつあん・頼山陽の長男)によるものです。聿庵は「三谷春」を好み、ほろ酔いで書いたのがラベルの文字なのだとか。
杜氏ひとりの手仕込みによる四季醸造の酒造り
日本酒は、秋に収獲した米を気温が下がる冬場に仕込む「寒造り」が一般的ですが、林酒造は 1年を通じて仕込む「四季醸造」です。
年明けの1月から3月末にかけて、杜氏と蔵人の2人で日本酒を集中的に仕込みますが、それ以外の時期は杜氏1人で酒づくりを手がけます。
「寒造り」と言われるように、日本で寒い季節に酒造りが行われる理由の一つとして、気温が低いと雑菌が繁殖しにくい点が挙げられます。
また、酒造りの重要な工程である発酵においても、もろみをゆっくりと時間をかけて発酵させるためには一定期間の低温状態が必要。広島県特有の軟水は硬水に比べ発酵が穏やかなため、長期低温発酵の技術を要します。
このような理由から、冬の気候は日本酒を造るうえで最適というわけです
一方、四季醸造は季節による天候、気温、湿度などの変化に左右されません。温度管理ができる環境を整えることで、1年を通して酒造りが可能となります。
林酒造では設備を導入して省力化するのではなく、杜氏ひとりが創業時の200年前とほとんど変わらぬ手仕込みで酒づくりをするうえで、人手が足りない部分を設備で補っています
日本酒を量産する大手メーカーの多くは四季醸造を導入していますが、林酒造のように小規模な蔵も季節を問わず酒造りができる一定の環境を整えることで、丁寧な酒造りを続けています。
若干23歳で杜氏に。2つの蔵で経験を積み、林酒造で本酒造りに励む平田杜氏
林酒造の杜氏が47歳の平田英二さんです。
「林酒造は年間の生産量が一升瓶3000本程の小規模な蔵です。自分の目が行き届く範囲で、全行程を自分で手がけたいという思いがある私にはちょうどいいサイズ感。肉体的には大変ですが、一人ですべてできるので精神的には楽なんです。自分の思い通りの酒造りができますから」
小規模な蔵だからこそ自分でしたい酒造りを追求できる、と平田杜氏は言います。たとえクレームがあっても製造責任者として自分で対応できるほど、原料米を選ぶところから瓶詰めまで全ての工程に杜氏の目と手が行き届いています。
平田杜氏は、庄原高校食品製造科で味噌やパン作りを学んだ後、三次市の白蘭酒造に入社。高校時代から蔵に出入りし手伝いをしていましたが、次第に酒づくりに関わる比重が増え、白蘭酒造で四季醸造が始まるタイミングで23歳の時に杜氏を引き継ぎます。広島県内の酒蔵でも異例の若さでした。
十数年杜氏として経験を積んだのち、2013年から安芸高田市の向原酒造へ移籍します。3シーズン酒づくりに携わった後、2017年から林酒造で杜氏として日本酒づくりにいそしんでいます。
現在は、林酒造のほかに山口県下松市にある金分銅酒造の杜氏も務め、広島県食品工業技術センターでの試験醸造にも、杜氏として醸造実務に携わっています。
また、自蔵の仕込みに並行して、毎年、10月から12月にかけてて倉橋町から広島市にある食品工業技術センターへ通い、センターの職員とともに試験醸造に伴う醸造実務を行っています。
3つの蔵での酒造りに関わる平田杜氏ですが、蔵に合わせた酒造りを心がけ、酒の味に蔵の特徴と自分の持ち味を出したい、と意欲的です。
「食品工業技術センターでは、新しい試みに携わることで自分の中に酒造りの引き出しがたくさん増え、新しい技術を習得していけるが面白いです。伝統技術を守りながら新しいこと、変わったことにチャレンジしています」
酒造りに関しては、なるべくシンプルに分かりやすくしたい、と平田杜氏。酒造りの核になる部分は変えず、米の出来具合や気候など、その年その年の変化に対応し三谷春の質を維持しています。
伝統を守りつつ、常に新たな挑戦を続ける
酒造りに関しては、なるべくシンプルに分かりやすくしたい、と平田杜氏。酒造りの核になる部分は変えず、米の出来具合や気候など、その年その年の変化に対応し三谷春の質を維持しています。
「三谷春のお酒はキレの良い辛口がベースですが、麹が発酵する過程で荒々しさや刺々しさのない柔らかい口当たりになります。食中酒に向く日本酒として楽しんだいただけます」と、自蔵の日本酒について語ります。
林酒造では、純米吟醸や大吟醸には広島県産山田錦を精米歩合35%で、スパークリングや純米酒には広島県産八反錦を精米歩合65%で使用。広島県産の酒米、仕込み水には井戸水と水道水をろ過して使用しています。
その蔵の日本酒を特徴づけるのは、その土地の米、水を使うこと以上に、酒造りの技術が占める割合が大きい、と平田杜氏は言います。洗米から蒸米、麹作りから発酵にかけての工程、さらに発酵の温度によって、蔵ごとの個性が現れる、とも。
明治40(1907)年に開催された、第1回全国清酒品評会で優等賞第2位を受賞した歴史のある林酒造ですが、現在も負けてはいません。2019年度の第65回自醸酒品評会で「三谷春」大吟醸が第1位を受賞。平田杜氏の功績です。
※自醸酒品評会
全国新酒鑑評会や広島県清酒品評会等の順位付けされない品評会とは異なり,上位10位までの明確な結果が公表されるとともに、杜氏名での受賞となるため、受賞杜氏の技術力の高さを示す機会となっています。
新たな挑戦も始まっています。
林酒造ではこれまで、中国の富裕層向けの純米大吟醸を2018年に製造した経緯がありますが、2020年からはフランス向けに、「スパークリング三谷春」を初めて出荷しました。
林酒造では2019年に、「ひろしま一途な純米酒」シリーズのカキフライにぴったりな発泡清酒として、「スパークリング三谷春」を商品化。この日本酒は、2013年から2015年度に食品工業技術センターが地元のソムリエや料理人から協力を得て酒質設計し、林酒造で醸造した「ひろしま一途な純米酒(カキフライに一途な発泡清酒)」シリーズの1つです。
「スパークリング三谷春」は精米歩合65%の八反錦を使用。揚げ物と一緒に飲めば、油をさっと流し、爽やかに味わえる酸味と発泡性が特長で、アルコール度数も4%と低いので、日本酒ビギナーにも親しみやすいお酒です。
「海外に向けてはまずはスパークリングからというのが新しい挑戦です」と平田杜氏。「お酒のニーズも多様になってきている今、挑戦と実験を続け、日本酒を 造っていきたいです」と意欲的です。
林酒造株式会社
1806(文化3)年 創業
呉市倉橋町11777番
https://hayashi-shuzo.com/
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